世界保健機関(WHO)食品安全・人畜共通感染症部長
宮城島 一明 氏

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国連機関で幹部レベルのポジションに就くために必要なことなどをインタビューしました。

− 国際食品規格委員会事務局長から現在のお仕事につくまでの経緯を教えてください。

宮城島 私の社会人としての出発点は役人ですから、定期的に人事異動があり、『長く同じポストにいない癖』がついていました。国際公務員になってからも、同じところに長くいない方が自分のためにも周りのためにも良いと考えています。

そこで国際食品規格委員会での勤務が5年間に達した頃から次の仕事を探し始め、2009年の秋から国際獣疫事務局 (OIE)で科学技術部部長兼事務局次長として働くことになりました。

国際獣疫事務局(OIE)での仕事で一番印象に残っているのは牛疫の世界撲滅宣言をしたことですね。今まで人類が撲滅した感染症は天然痘と牛疫のみですが、天然痘については撲滅宣言と同時にアメリカとロシアの研究所に残されたウイルス株が生物兵器としてみなされるようになりました。現在でもWHOで残った株の扱いについて議論が行われています。ただ、天然痘の撲滅は冷戦の真っ只中で、世界がアメリカとソ連を中心に二分されていたために保存株が比較的スムーズにこれらの国に集まりました。一方で牛疫の最後のアウトブレイクは、冷戦後の1990年代でしたので、ウイルス株が特定の国に集まることはなく、未だに世界のどの国が保存しているのか完全にはわかっていません。

牛疫の撲滅においては、最後に残った地域はインド・パキスタン国境とアフリカの角でした。これらの地域はともに戦争があってワクチン接種が進まなかった地域でした。ウイルスの撲滅という科学的問題にも、紛争や内戦という人災の影響があり、人間の活動と病気というものが関連していることを感じました。

時代や状況の違いはありましたが、天然痘撲滅から学ぶことも多くあったため、私は牛疫の撲滅宣言の準備にあたり、パリからジュネーブに足を運び、天然痘の専門家に会ってその経験を参考にしました。このように動物の病気と人間の病気というのはお互いに学べるものも多いので、もっと動物衛生と公衆衛生が相互に交わっていくと良いと思います。 また、世界貿易機関(WTO)の訴訟に関わったのも面白い経験の一つでした。WTOは自由貿易を推進するための機関ですが、科学的なルールに基づいた感染症の拡大防止(防疫措置)のためであれば貿易を制限する事は認められています。しかし、国によっては自国の生産者を保護するために、防疫措置の名を借りて科学的根拠に基づかない輸入制限を設けようとする場合があります。そういうときWTOの紛争裁定バネルが、輸入国が設けている貿易障壁が国際基準に照らして妥当なものか審査するわけです。私がOIEにいた時にある二国間で訴訟が起きたのですが、輸入国側は輸出国側の防疫措置が十分でないことを理由に輸入を制限しようとしました。OIEの国際基準に基づくと科学的に危険性はないと考えられましたが、輸入国はOIEのリスク評価に瑕疵があると主張して譲りませんでした。OIEは情報を開示して、その国際的ルールとリスク評価は正しいということをきちんと主張しました。 訴訟の結果がでて、判例となればとても嬉しかったのですが、判決が出る直前で訴訟が取り下げられてしまい、結果として何も残らなくなってしまいました。行政という分野では、すごく努力しても最終的な結果が認定されず、膨大な時間をかけてやったものが形に残らないことがあるのです。それはそれであきらめますね(笑)。  

国際獣疫事務局で2013年の春まで3年半働いたあと、現在のWHOでのポストが空き、食品安全・人畜共通感染症部の部長になることになりました。

—現在のお仕事について教えてください。

宮城島 食品安全というのは面白い分野で、人間誰でも生きて行くために何かを食べますが、100%の安全性にこだわったら、何も食べられなくなってしまう。ゼロリスクの神話です。その折り合いをつけていくのがリスク評価、リスク管理です。 低所得の国であればこそ食品安全は重要なのですが、むしろ食糧の質よりも量が重要視され、食品安全は軽視されがちです。ですから国民所得が向上し低所得国から中所得国に移るあたりで初めて問題として認識されてくることが多い分野です。

WHOの多くの事業は、ほとんどが発展途上国相手ですが、食品安全は発展段階に関わらず、全ての国で大切な分野です。しかし、各国内での担当省庁が細分化されている事による縦割りの弊害を受けやすく、そもそも保健省に権限がない国も多いことから、WHOの執行理事会や総会でもめったに議論されることがありません。WHOの現事務局長が食品安全に対して理解が深く、2015年に世界保健デーのテーマが食品安全になったりして状況はよくなってきましたが、依然として注目度は高くはありません。

この分野の特徴としては、汚染食品を食べて下痢をしても病院に行く人は一部、その中で食品が原因としてと特定されて報告されるのはほんの一部という圧倒的な報告率の低さが挙げられます。また、化学物質による食品の汚染が慢性的疾患の原因となる場合がありますが、病気として現れるまでに十数年以上かかってくるので因果関係の立証が困難です。そして医師だけではなく様々な職種の人々が関わる分野であることも食品衛生の分野の特徴としてあげられるでしょう。食品安全はともすれば忘れられがちな問題ですから、旗を振って問題の可視化をするということが難しくもあり、またやりがいでもあります。

—国連機関で幹部レベルのポジションにつくために求められることは何だと思われますか。

宮城島 まずは、自分が何をしたいのか見極めること、管理職につきたいのか敬遠するのかきちんと考えることが大切です。管理職の仕事は、計画書報告書の作成や人事、資金集めが中心となります。テクニカルな仕事が楽しい人は管理職を目指さない方が良いでしょう。P4、P5で定年を迎えるのが悪い人生とは決して思いませんし、全員が管理職を目指す必要はないと思います。実際、周りから尊敬されるかどうかは等級とは関係ないし、一方そういう人が管理職になっても組織のためになるとは限りません。

管理職に向いている人というのは、多国間の政治的ゲームを楽しいと思う、とまではいかないにしてもそれに興味を持てる人だと思います。国際機関の仕事は、大きく分けて二つあり、一つは国際基準づくりの仕事、つまりこれは全ての加盟国と広く平等に接してつきあう仕事、もう一つは途上国に対する援助の仕事、つまり少数の国と深く付き合う仕事です。自分がこの2つのうちどちらに向いているのかを考えなければなりません。私自身は発展途上国の特定の国と深く付き合うことには向いていませんが、たくさんの国と薄く広く付き合うのには適性があると思っています。国際ニュースは欠かさず見ますし、一般的な経済雑誌なども普段から読むようにしていました。国際政治の展望と自分の仕事が結びつくのが楽しい人でないと管理職は難しい仕事だと思います。

また、英語を書く力も大切だと思います。プロジェクトベースの仕事をする人にとっては、目に見える結果、仕事の最終成果は一本の報告書ではなくその国の人の暮らしぶりがよくなるということですが、多国間交渉がベースの人にとっては議事録が全てであるわけです。美しい議事録を書く人が稀にいて、それは本当にすごい能力です。5時間10時間の侃々諤々の議論を、過不足無くたったの5行にまとめてしまう、そして全ての加盟国がこれに納得してその次の段階に進むことができる、これは本当に事務局冥利につきることです。

サマライズする力とは、ああでもないこうでもないという数時間の議論を結晶化させる言葉を見つける力だと言えないでしょうか。見つけた言葉というのは、実は誰も議論の最中には実際には発していないかもしれないのです。それでもためらわないで議事録に使えることが重要ですよね。そしてまた発言者すら気付いていない良いアイデアに形を与える力、議論に出口を見つけ、次の会議につなげるプロセスを作り出し提案する力も国際公務員にとって非常に重要です。これらの付加価値を創出する仕事は事務局がやらないと誰もやらないですから、言語化する力というのは国際公務員にとってすごく大切だと思います。

—国際機関を目指す、もしくは現在働いている若者に対してアドバイスを頂けますか。

宮城島 まず、好んで色んな経験をするべきだと思います。1つのポスト、職場にしがみつくよりもフレキシブルに人生設計を立て、様々なことを経験すると良いでしょう。というのも、部下や同僚、上司として付き合いやすいと思う人は、しばしば色々な経験をしてきて、みんなが違うことを考えているということを前提としている人たちです。そういう人は間口が広いです。同じところに若い頃からずっといるような人にはあまり魅力を感じません。また、基本的に国連機関の事務局の仕事は加盟国とのお付き合いですから、加盟国の内情や仕組みがどうなっているのか理解していることは重要です。つまりある国の政府で働いた経験があり、加盟国側の痛いところ痒いところがわかっていると、仕事上有益だと思います。

また、若いときには自分の上司を選ぶのは難しいかもしれませんが、ある段階からは自分の上司も選ぶべきだと思います。自分を磨くのは上司との関係が大きいですから、尊敬できない上司のもとに長くいても仕方がありません。自分が成長できる上司を選ぶのは仕事の内容と同じくらい大事だと思います。

少し話が変わりますが、応募の際のカバーレターについて言うと、分量、そして最初の1パラグラフで読み手を引き込む力が大切です。筆記試験では時間も内容も制限されていますから、カバーレターは自由に自分をアピールできる貴重な場です。毎週応募して使いまわしているものかどうかは採用側にはひと目でわかります。post descriptionに応じてきちんと書きわけることが重要ですね。

—日本人であることは先生のお仕事に影響を与えていらっしゃいますか。

宮城島 仕事上あまり意識することはありませんね。ただ強いて言えば、情報の共有には気をつけるようにしています。日本では皆が大部屋で仕事をしていることが多いので、自然に情報共有がなされていて、隣の人が何をしているかだいたい知っているものです。一方、国際機関では個室で仕事をしていますから、情報の共有が難しい。その壁をどう壊していくか。日本的かどうかはわかりませんが、情報共有を通じたチーム作りを心がけています。  

自分の下手な英語へのコンプレックスとどう向き合うかという点で言えば、永久にネイティブのようには喋れるようにならないのだとある時気付いて以降、変な気負いがなくなりました。ただし、自分の書いたものへの批判的な目は常に持つようにしています。ネイティブの人だったら自分の文章を二度も三度も見返すことはないでしょうが、常に見返すことで、間違いを減らし、読みやすい文章にするようにしています。また、シェイクスピアのように十年に一度見るか見ないかという特別な英語を使うのではなく、International Englishを実践するように心がけ、枝葉末節にこだわるのではなく、メッセージが伝わることに主眼を置くように意識しています。

 

(記事は、ジュネーブ国際機関日本人職員会(JSAG)のブログより本人の許可を得て抜粋掲載)