――2010年、上司からUNRWAに行かないか?
清田:自分から手をあげたわけではなかったのですが、上司の推薦がありUNRWAに行くことになりました。保健局長D2というポストです。
UNRWAは1950年設立、パレスチナ難民の保護と支援を行い、教育、医療、社会サービスを提供しています。私は医療部門、144の診療所、職員3500人、医師500人の統括責任者になりました。着任直後から、ここで生活している人びと、職員の皆さんがどういう生活をしているのかを知るために1年かけて診療所を全部まわりました。そこでわかったことは、パレスチナ難民の死因の一番は生活習慣病で、7-8割の人は糖尿病、心疾患、呼吸器疾患で亡くなる現状でした。解決策として「家庭医制度」を採用、医師 看護師、栄養士、カウンセラー、薬剤師でチームをつくって、家族ごとに対応、重複受診を避け、総合的に診療できるシステムを作り上げました。同時に電子カルテを導入し、e-health、360万人の患者さんのデータを保有、スマホ用に母子健康手帳のアプリも開発しました。これはパレスチナ難民にも大変好評で、主要ドナーに説明、資金も獲得できました。また専門医の育成にも力を入れて、医療の質のレベルアップに努めています。
状況を変える際、それに関連した100ある問題を一気に解決することは無理ですし、目指すことではありません。その問題の中で1番大事な問題を見つけてそれに対処すれば、2番目3番目の問題も解決しやすくなる、さらに運がよければ同時に解決できているかもしれません。まず最初に1番の問題が何かを見つけるのがリーダーの仕事です。
――国連で働くということ
清田:国連は基本的にはお役所です。非常に無駄も多いし、硬直性も感じます。ただお役所のいいところのひとつ「ものを大きく動かすこと」はお役所でなければできません。世界の結核患者を救いたいと思ったとき、私のような小さい仕事でも100万人以上の命を救えたという自負があります。これはWHOでなければできなかった。また組織の動かし方がわかると面白い仕事できます。もちろん他にもメリットはたくさんあります。男女差別はありません。むしろ女性が優位といえるでしょう。一般に住環境は日本より恵まれていますし、子供の教育費、ホームリーブも相当額負担してもらえます。途上国の場合、メイドさんが雇え、生活そのものに余裕が生まれるでしょう。一番大事なのは、何をやりたいかをきちんと決められるかどうか?若いうちはまず好きなこと、失敗してもいろんなことをやってみる。30歳までにやりたいことを決め、40歳までに「私はこれができる」と言えるものを見つける。「私はやる気がある」というアピールだけで通用するのは30歳まででしょう。私の場合で言うと、結核をやるのならWHOがいいかなと思っただけで、WHOに入るために、結核をやったわけではありません。
――日本人にとっての英語の壁
清田:確かに語学力は必要です。私もかなり自信をもって出かけましたが、最初に書いたペーパーは真っ赤に添削されて返されました。よく日本人は「英語は読めて書けるけれど話せない」と言いますが、実は読めない、書けない、速読も苦手。私の経験では、読むことによって書けるようになり、話せるようになる。また普段の会話でも、背景知識の有無がものをいうので今でもNew York Times とEconomistを毎日読んでいます。
――“Great Secretary” にとどまらない
清田:国連に入ったけれども、残って上に行くのが難しいとよく聞きます。例えば、日本のJPOの人たちはものすごく仕事ができる、上司に言われことはきちんととやるし、真面目。ところが彼らが陥りやすい罠が“Great Secretary”(上司にとって一番使いやすい秘書)にとどまってしまうことです。上司の世話をしているだけで上司を超えられない。確固たる専門分野をもたないから太刀打ちできないのは当然で、そういう場合一度外に出て勉強し直すことも必要かなと感じます。日本のように単線型キャリアパスでないところが見方を変えれば魅力かもしれません。
――日本の教育制度を外からみると
清田:韓国系アメリカ人でハーバードのすごく優秀な女性から聞いた話でなるほどと思ったことがあります。「ハーバードに来る韓国人は大変苦労している。韓国では先生の言うことは正しい、先生は偉い、先生には反論しないと教育されている。私はアメリカで育ち、疑問を感じると相手が先生であってもそれは違うと反論するし、自分の考えを述べ、議論しながら勉強してきた。そのギャップは実はものすごく大きい。」日本にも先生や上司と違った意見を言えない雰囲気があるとすれば残念な気がします。要はcritical thinking(批判的思考)ができるかどうか? 知識の量が財産でなくなる時代には、考える力を備え、どんどん自分で考えて進められる人が強い。知識専門性はあってあたりまえで次の勝負をどうするか考えられる人、そういう人材育成が必要でしょう。若い人の可能性は無限ですから、これからの活躍を期待しています。
インタビュアー 清水眞理子