外務省国際機関人事センター
課長補佐(インタビュー当時) 松島 悠史  [まつしま ゆうじ]

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2011年に人事院入省。以降、日本の国家公務員の採用や給与、人材育成等に関する政策に携わる。2017年より行政官として米国留学(長期在外研究院制度)し、2018年にシラキュース大学マックスウェル行政大学院で公共政策修士Master of Public Administration(Syracuse University Maxwell School of Citizenship and Public Affairs)、2019年にヒューストン大学で人材開発学修士(Houston University, Executive Master of Human Resource Development)を取得。2019年に帰国後、人事院の官房部局、厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部を経て2020年から外務省国際機関人事センター課長補佐。以降、国際機関の邦人職員増加・昇進支援のための種々の施策を担当。

地引:松島さんには、センターのアドバイザリー会議やセミナー・動画にも講師としてご参加いただいており、いつも貴重なご意見をありがとうございます。まずは松島さんのご経歴について教えてください。

松島:私は2011年から人事院に国家公務員として勤務しており、2017年~19年、役所の制度で米国に留学もしています。シラキュース大学マックスウェル校で公共政策、ヒューストン大学で人材管理・開発(HRD)の修士号を取得し、帰国後2020年4月から外務省国際機関人事センターの現在のポジションにいます。ちなみに、学部時代の専門は考古学で、フィールドスタディーでシリアに発掘調査にでかけたりもしています。

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米国留学時代

地引:今のお仕事内容をお聞かせください。

松島:外務省の国際機関人事センターで、国際機関に勤務する日本人を増やすための仕事をしています。そのための制度を整えることや、また、その制度を一つのツールとして、各分野、例えばグローバルヘルスの分野との連携などを通じて、日本全体として結果を出していくのが私の仕事と考えています。国際機関人事センターの仕事としては、JPO派遣などが目立つと思いますが、私個人としては制度だけでなく、国際機関に日本人が就職する全体のスキームの整備をし、より多くの人が国際機関の就職を考えられる形を整えることに苦心しています。

地引:JPOは35歳までの方が対象ですが、幹部職員派遣についても支援されていますか?

松島:幹部層の職員増加も当然、目指すところの一つです。ただJPOの場合は若手職員として特別に国際機関側がルートを整えていますが、JPO以上のレベルになれば、国際機関側も各国に対して中立な立場なので、公平な採用プロセスを経る必要があります。そのために、JPO以上のレベルの人材の増加については、どのように通常の採用プロセスを通ってもらうか、そういうプロセスの中で幹部ポストを担い得る人材を増やしていけるかを考える必要があります。ただ、この点について、日本人人材が増えていくことを難しくする大きな課題があります。

――そもそも日本の雇用慣行が世界とずれている

松島:国際機関を目指そうとする人の話を聞いていると、そもそも、日本の雇用慣行に基づいた感覚で考え始めているために、戦略が大きくずれてしまっている人と多く出会います。
欧米型の雇用システムの中では時期が来れば自分の専門性や環境に応じてポジションや組織を変えるのは当たり前のことです。今この仕事についているけれども、そろそろ別の組織に転職しようかと考え、そのなかの選択肢として、例えばNPOや民間企業があり、国際機関もその中に入ってくることが自然にありうるわけです。それが自然体でできる土壌がある。一方、日本の場合は、近年崩れつつありますが、終身雇用が前提で、「転職」が特殊なものとして捉えられている。この慣行の中で、今の仕事を辞めて国際機関に転じることは、まさに清水の舞台から飛び降りるような覚悟での挑戦ととらえてしまっています。

――国際機関に応募することをためらわない、応募することで弱点がわかり鍛えられる

松島:この慣行の中で、生まれる大きな「ズレ」のひとつが、「一つの応募を重く考えすぎる」ということです。国際機関の就職は、ポストごとに行われ、そこに世界中から応募があるので、200や300の候補者が集まることは珍しくありません。採用されるのは一人なので、ほとんどが書類の段階で落ちることは、ある意味当たり前なのです。したがって、この形式で採用を得ようとすれば、当然いくつものポストに絶えず応募する、ある国際機関の幹部が言っていましたが、「一つのポストを得るのに100以上応募することも普通」ということです。一方、日本人の感覚では、一つ一つの応募に関して、ついつい考えすぎがちです。例えば、「自分はこのポストに通るかどうか」や、「現職との関係で仕事を移れるかどうか」などを応募する前に悩むのです。もちろん応募書類を準備するのに労力的なコストはかかりますし、また本命のポストととりあえず応募するポストでは準備にかけるコストを変えるのも必要ですから、自分の採用可能性を見極められるようにしていくこと自体は有益です。ただ極論で言えば、そう言ったことは応募してみなければわからず、数百人ライバルおり、採用担当者がどう書類を見るかにもよるので、どんなに条件が揃っていても落ちる時はあっさり落ちます。また、スケジュールに関しては、それこそ、採用が進んでいくなかで検討・調整すればいい話なので、応募する前に深く考えるのはあまり効率のいいやり方ではないように思います。

JPOでも「自分にはまだ受かるだけの要素がないから応募はしない」と言っている人がいると時々聞くのですが、それはあまりに勿体無いので考えを変えた方がいいと強く言いたいです。もちろん多くの場合で本当に受かる可能性は低いのかもしれません。ただ、先にも言った通り国際機関の採用は一つの応募で落ちること自体は当たり前の話であり、「落ちる可能性が高いから受けない」というのは少し感覚がズレてしまっているように感じます。また、もっと大きな問題として、国際機関就職を目指す中では応募しなければわからないこと、応募を通じてしか鍛えられないことが非常に多いのです。例えば経歴について、実際自分で一生懸命採用を目指して応募書類や面接でのアピールを考えていくと、自分の弱いところやアピールが難しいところ、また自分がどの方向の専門性を伸ばしていくといいかなどが見えてきます。一方で、応募しないで待っていたら、それに気づけないまま数年をロスしてしまう危険性すらあるのです。ただでさえ、日本の人材は他国の候補に比べてこの国際機関就職も含めた「欧米スタイル」の採用プロセスの場数がないのですから、応募できるチャンスがあればどんどん応募して慣れていく必要があります。

また、日本型雇用の慣れによる「ズレ」については、もう一つ、日本の方は「能力信仰」みたいなものがあると感じます。「能力が十分にあれば、優秀な組織や採用担当者だったら見抜いてくれるはず」と考えるふしがある。もちろん生涯雇用なら各企業は40年間お付き合いする人間なので人間のコアを見ようとします。また日本の場合は雇用の流動性が低いので、組織間を渡り歩く際の指標となる客観的なスキルや学歴みたいなものがあまり重視されてこなかった土壌があり、「人間性」みたいなものを重視して採用する風潮があったのではないかと思います。一方、国際機関では、ポスト毎に3-4年で動く人間を一年中随時採用活動しています。となると、200人以上の応募の中から選抜するのに組織は最初からそんなに人間性みたいなものを見ることに労力を割けません。そもそも応募書類では、そのような不確かな指標は分かりませんからね。また、世界中から多様な人間が応募してくるので、その価値判断や常識もそれぞれの人間が集まることが前提です。その際には、とにかく、どんな人でもわかるような「具体的」「客観的」な自己アピールのスキルが必要です。もしかしたら「応募書類や面接のスキルなんて小手先」などと思っているかもしれませんが、どんなに優秀で、実績がある人間であっても、応募書類でそれが表現できていなければ、またもっと言えば採用担当者の目にとまる書き方ができていなければ、一瞬で落ちます。これは個人的な感覚かもしれませんが、よくない応募書類は大体「私は優秀だからあなたたち見抜いてくれますね」という意識で書かれているように見えます。書類や面接は「相手に見抜いてもらうもの」ではなく「自分が伝えて、わからせるもの」ということを意識してください。