――真の英語力とは状況判断力と交渉能力

進藤:日本人の英語力についてですが、英語力をどう考えるか、表面的にぺらぺらしゃべる人は増えてきたと思いますが、自分の言いたいことをニュアンスも含めて伝えるのはその人のセンスの問題かなと思います。言いたいことをどういうトーンで言うか。それには状況判断が必要で、まわりに気を配りながら考えていかないといけない。あまり強くずけずけものを言うよりは、配慮した言い方のほうがいいでしょう。WHO本部はヨーロッパにあるのでアメリカ流のストレートな伝え方よりは日本人的な配慮をして相手を持ち上げつつ自分の言いたいこと、やりたいことを通していく方がいいかなと思います。
ジュネーブのような多言語文化の中に住んでいると、いろいろな国の言葉はしゃべられるけれど考えが浅い、思慮が深くない人をたくさん見てきました。母国語で自分の思慮を深めることの方が圧倒的に大切で、その先に外国語で自分をどう表現していくかを一生懸命苦しみながら見つけていく。短期留学して表面的なことを調子よくしゃべるというだけでは国連職員は務まりません。

――国連は国際交渉の現場、キャリアアップには自己研鑽を

進藤:英語が堪能で、「しゃべるためにしゃべる」という人もたくさんいるので、常日頃から「この人の意見は聞いておいた方がいい」と思ってもらえるような発言をするのが必要。また会議場が混乱していろんな意見が出ているときにうまくまとめていけるかは言語以上の問題で、そういったトレーニングを自分で積極的に受けていくことも大事です。日本ではあまり機会がないかもしれませんが、国連内には自己啓発のプログラムがありますし、自分でコーチングを受けたいということであれば、自分で探す。自分が弱いな、成長したいなと思うのであれば、どんどん自腹を切ってでも能力開発しなくちゃいけない。私自身も日本では、日々の業務に忙殺されてそういう時間はもてませんでしたが、国連では上司は部下に能力開発の時間を与えなくてはいけませんし、当人もそういう時間をつくっているかが評価対象となります。

――国際機関に勤めてよかったこと

休暇はスキーを楽しむ
休暇はスキーを楽しむ

進藤:WHOジュネーブでの仕事は専門性が高く、世界中の top of the topに集まっていただいて仕事ができる。学生の頃教科書でお名前を拝見していたような高名な先生方と仕事ができるのはとても光栄なことです。また国籍、文化を超えて真の友達ができ、そういう人達と支えあってここまで来て、子どもたちも世界中に友達ができました。
通常仕事とプライベートははっきり分かれていて夜は早めに帰る、週末はしっかり休む。私はスキーと山登りが趣味で家族と楽しんでいます。

――家族への想いでタフな仕事を乗り越えられる

進藤:競争社会ですから職場でのプレッシャーは強く、精神的にも肉体的にもギリギリまで追い込まれます。どんな仕事でも同じだと思いますが、上に行ける人数には限りがある。ガラスの天井をがつんと割って下からの追い上げにもあせらない。競争に勝つには、自らを切磋琢磨するのが正攻法ですが、人の足を引っ張ることで浮上することをよしとする人も確かにいます。そんな時、自分が自分でいられる家族とのつながりはかけがえのないものです。
足を引っ張る人が出てきた場合、その人のネットワーク、水面下でどういうつながりをもっているか察知することも重要です。自分が悩みを打ち明けていた人が実はそのネットワークの一員だったりもするのです。そういう意味では気が許せない。周りに気を使いながら戦っていく職場です。
出産によって競争に遅れをとると考える方もおられるかもしれませんが、ある程度の年齢に達して、先も見えてくるとシングルでは辛いのではないかと思います。鏡の中の自分をみると年老いてきて、若い時ほどちやほやされなくなる。下から若くてきれいな子たちがエネルギーを爆発させてどんどん上がってくる。振り返ると自分の両親も年老いて、次世代を担う子どもがいない。そんな状況で更年期に入るとバランスがとれなくなり辛い思いをしている方が国際機関にもいて、相談を受けることがあります。
人間としての人生を自然に歩むほうが将来的にいい。子どもと関わる大事な時間が実は将来の自分の戦闘力、上昇力につながり、人間としてのバランスが取れてくると今では強く感じます。

――ひとりで抱え込まず、周りに支えられて

進藤:ひとりでなんでもやろうとしない。子育てもそうですが、そういう意味では皆様に助けていただいて今があるのかなと思います。精神科医の伯母から「子育てをしている時期は自分も育つ時期だから、お金を全部使ってでも自分と子どもたちの時間をつくりなさい。」また小児科の先輩医師にも、「人を頼むということは雇用機会を人に作ってあげることになる、日本はその昔皆で協力して子どもを育てていた。自分ひとりが子どもと向き合って育てる必要はない。」というアドバイスがあり、私は日本にいるときから人を頼み、時間をつくるためにはお金を惜しみませんでした。
保育園にお迎えに行って帰ってくれば、部屋が片付いていて、洗濯物がたたんであって食事の支度もできていて、あとは自分でチャチャっとおかずをつくるだけという状態にして、帰宅後は子どもたちとゆっくりご飯を食べてお風呂入って絵本を読んで寝る。医学博士号取得の準備をしていた時は夜も研究所で実験が続きますから、シッターさんに見てもらう。両親がいるときは来てもらう、両親には子どもたちに向き合ってほしかったので家事はさせない、家事はお手伝いさんに任せるというふうにして、誰にも過剰な負担はさせない工夫をしました。
ジュネーブに来てからは大きな家を借りていつも誰か大人が家にいるようにしました。休暇中の両親や親戚の大学生がこちらに来たり、ジュネーブで学ぶ日本からの留学生に日本語や数学の家庭教師を頼んだり、国際保健を目指す目がキラキラ輝く、インターン中の若いお兄さんお姉さんは子どもたちにいい影響を与えてくれました。また WHOの同僚が週末一緒に子どもをハイキングに連れて行ってくれたり、補習校のお弁当づくりは日本人のおかあさんがかってでてくださったり、幾重にも人がいて、見守ってもらえるという体制を敷いていたので緊急に出張要請があっても対応できました。お金はたまりませんけれど、伯母の「子どもの成長で自分をあきらめてはいけない。」というアドバイスはありがたかった。私は雇用機会均等法1期、日本の大企業の役員になっている友人もたくさんいます。
感染症対策は世界から必要とされています。支えてくださった皆さまへの恩返しの意味も込めてこれからも精進してまいります。

インタビュアー 清水眞理子