――地理情報システム(geographical information system)を研究

穂積:パキスタンにいる時に地理情報システムのセミナーに参加、これを保健分野で応用したいと思い、自分でソフトを買って勉強していました。まだWindowsバージョンが出る前で、簡単な地図にデータを表示する程度でした。ハーバードの公衆衛生大学院ではまだこの地理情報システムの実用を考えている人はいなくて、医療分野への適用について研究を続け、その後インストラクターとして授業を担当することになりました。

ラオスでのJICAの開発調査に関連して保健資源の分配計画についてワークショップ
ラオスでのJICAの開発調査に関連して保健資源の
分配計画についてワークショップ(2001年)

まだ一般的ではなかったGPSを使ってパキスタンやマラウイ初の保健施設のデジタル地図を作りました。コンピューターが安く性能もよくなってきたので、アルゴリズムをつくってくれる人と一緒に研究して、医療施設の最適化、メンテするのに必要な人材の数など地域情報システムを構築しました。
ハーバードでの研究、九州の聖マリア病院の国際協力事業のマネージャー、John Snowの保健情報システム関連のテクニカルアドバイザーなど、三足のわらじをはきつつ、アメリカを拠点にその後22年アジア・アフリカを中心に20か国以上で活動してきました。

――MITで組織論、政治論を学ぶ

穂積:ミドルエイジクライシス(笑)でしょうか、2006年にMITビジネススクールに入学し学び直しました。私は数式で保健資源の適切な分配を考えていましたが、2002-4年ころ、アフリカの政府、保健省の高官は数式モデルで最適値を導くことに興味はありませんでした。この度のCOVID-19でも感染対策の政策決定が、本来の公衆衛生というより政治・経済問題になっているとお気づきでしょう。このように保健資源の分配は政治判断の部分が大きい。私の考える数式的アプローチは肝心の政治判断を無視しているということに気づき、保健分野における組織論・政治論に興味が移り、MITで学び、経営学の修士号を取得しました。

――アメリカのNPOで働くという選択肢

穂積:大手のコンサルなどいくつかオファーをいただきましたが、貧困国向けの保健医療技術に携わるシアトルのNPO、PATHのヘルスシステムアドバイザーに就任しました。
NPOで働いていると言うと、日本では「海外でボランティアは大変ですね」と言われますが、決してそうではなく、今アメリカにある途上国対象の国際保健N POの大きいところは年間予算1,000億円、PATHに入社当時の年間予算は350億円、スタッフは世界に950人、私の年収は1,400万円くらいでした。
PATHはイノベートすることが組織の目的で、面白いプロジェクトをやらせてもらえました。国際保健における政治分析。今まさにトランプ政権がWHOから 脱退するようなことを言っていますが、そういう小競り合いはしょっちゅうあって、どうしてそういう問題が起きるのかの分析は面白く、そのうち予算20億、30億といったプロジェクトを担当するようになりました。2016年からMSH(Management Science for Health)で健康技術担当の上級ディレクターに就任、米国国際開発庁(USAID)と低・中所得国の医薬品のガバナンスと規制システムを強化するための200億円のプロジェクト契約を受注しました。

――ディレクター以上は「お金をどれだけ引っ張れるか」が評価の対象になる

穂積:ディレクター以上になると、資金調達できないとキャリアアップにつながりません。ここ8-9年の私のキャリアアップは完全に私がお金を持ってこられたからできたことで、経済状況が厳しくなればなるほどマーケットを理解し戦略を立てる素養は必要です。PATHにいた時に20億、30億円の資金調達ができ、その結果MSHにヘッドハンティングされました。これは2年以内に200億円の競争入札があるのでそれを狙ってのリクルートメントでした。2018年にイントラヘルスから声がかかり、主にアフリカで保健人材に関わる活動全般の運営を担当しています。

――最後にこれから国際保健分野を目指す方へのメッセージをお願いします

World Health Assembly(2019年ジュネーブ)
World Health Assembly(2019年ジュネーブ)

穂積:アメリカの2004-2013年は国際保健のバブル期で、仕事がたくさんあってそんなに力がなくても仕事に就けました。PATHでも同時期に予算規模が7倍になりました。たくさんのプロジェクトがあり、やれば予算は付きましたが、2015年から下り坂になって、ポストは増えないのに新人がどんどん入ってきて競争が激しくなっています。国際保健に関わるNPOの役割と運営に変化を求められ、まさに過渡期にあると思います。
一方で2017-2020のアフリカ各国の市民が運営するNPOの数は急激に増えており、それに対する投資額が増加。国際機関や先進国の援助団体が先進国を本拠地とするNPOに資金を提供して何かをするという構造はそぐわなくなってきています。
若い医師から「国際保健をやりたい」とよく相談を受けます。活躍できる場はいろいろありますが、漠然と海外でやってみたいと言われると答えに窮します。国際保健の何のプロになりたいのか、やりたいことをまず決めることです。研究者、私のようなexecutive management、臨床医として医療サービスを提供、ドナーとして資金提供、国際機関でレギュレイターとして規範をつくるのか、いずれの分野を選ぶにせよ、プロとしてやっていくだけの能力と覚悟は必要ですが、世界に目を向け、自分にあった活躍の場を探してほしいと思います。

インタビュアー 清水眞理子