――技術協力専門家としてガーナ政府保健省傘下の機関に勤務

ガーナの野口記念医学研究所にて
ガーナの野口記念医学研究所にて

吉田:ロンドンから戻り4年間、無償資金協力事業の保健医療分野を担当、ニジェール、アルバニア、シリア、インドなどで病院建設・医療機材整備に携わりました。保健医療のハード面での支援をするドナーは少ないのですが、保健システム強化には人だけではなく施設・機材も重要であることを改めて認識しました。
2011年からは3年間ガーナに技術協力専門家として赴任しました。フィリピンの時はJICA事務所員としてプロジェクト管理をしましたが、ガーナでは立場が変わり、技術協力専門家としてガーナ政府保健省傘下のガーナヘルスサービス(GHS: Ghana Health Service)という保健医療行政の実施機関に配属、ガーナ政府が進めていた地域保健サービス提供体制の整備と保健管理情報システムの構築が主な仕事でした。
地域保健サービス提供体制の整備というのは、ガーナ政府が2000年に立案した「最も地域住民に近い場所に看護師を常駐させてサービスを提供する」と同時に「住民が健康増進活動に主体的に参加する仕組みを作る」という政策をきちんと実行するお手伝いをすることでした。国の実施ガイドラインを策定したり、地域住民向けの研修教材を作成して、実際に村での研修を支援したりしました。保健管理情報システムは、病院や保健所でどのようなサービスが提供されたのか、例えば何人赤ちゃんが生まれ、何人のお母さんが検診に来たか、マラリアの患者を何人治療したのか、といったデータを月ごと、施設ごとに集計し、郡・州・国レベルで管理していくシステムです。

研修生に修了証を渡す(ガーナ)
研修生に修了証を渡す(ガーナ)

私がガーナに赴任した時は、ちょうどこのシステムをクラウド技術を用いて再構築する時期でした。当時、システム自体は電子化されていましたが、オンライン化されておらず、毎月CDに記録して上部機関に届けていくという状態でした。これをオンラインで運用できるシステムに置き換えることになり、導入初期に必要だったシステムのサーバー管理やシステム管理者およびシステム使用者等の人材育成に取り組みました。導入後も、集計された情報の活用方法について研修したり、データ入力が正確にできていない施設に行って、その理由を探りながら再研修したりなども行いました。常にガーナ人の同僚とのチームで行動していましたが、同僚達は優秀で高い志を持って仕事に取り組む人が多く、私も多くのことを学びました。

――健康課題をテクノロジーで解決する

吉田:現在関心があるのはデジタルヘルスの領域です。ガーナ時代に経験したことですが、一緒に働いていた同僚が、情報システムのオンライン化に情熱を注いでいた理由の一つが日本では想像できないことでした。彼が地方の郡保健局長をしていた時、同僚がデータの入った媒体を郡事務所から州事務所まで届ける際に、未整備の悪路を通らなければならないため、いつ事故で命を失わないか心配でたまらなかったというのです。途上国では悪路による車の事故で亡くなる方はまだまだたくさんいます。当時の私の同僚の一人もバスの事故で亡くなるという悲しい経験もありました。デジタルヘルスは、テクノロジーでよりたくさんの人の健康向上につながるだけではなく、サービスの提供者側にも様々なメリットがあることを学びました。
JICAでも個々のプロジェクトで一部デジタル化を進めてきたものはあるのですが、デジタルヘルスをより戦略的に徹底的に導入するため、昨年からタスクフォースをつくって推進しています。
デジタルヘルスを進めるには民間企業の皆さんとの協働が必須になると思っています。昨年12月に登壇したヘルステックサミットで、スタートアップの方々から斬新な意見を聞くことができました。例えば「日本は規制が厳しいので新しいことに取り組むのが難しい一方、途上国ではニーズは膨大にあり、法規制が厳しすぎない国ではより自由な発想で技術開発できる可能性がある。」「海外で先に導入した技術を、逆に日本に持ち帰って製品開発につなげる」という考え方は、途上国でのビジネスは、苦労する割にメリットが少ないのではと思っていた私には目から鱗が落ちる思いでした。日本発の技術がどんどん普及して人々の健康がさらに改善し、それが日本の人々にも還元される好循環は素晴らしいことで、我々JICAも頼もしいパートナーと思っていただけるようさらに成長しなくてはと思っています。

――JICAで働く醍醐味とは

吉田:JICAは官庁と同様に人事異動は多く、3年前後で部署が変わり、3~4回の異動で1回の在外勤務というのが一般的です。私は幸いにも国内、在外、他機関と立場は違いますが、1999年以降一貫して保健分野を担当できました。担当する国の保健状況を調べ、日本のリソースで解決できることを考える、先方政府と協議しながらプロジェクトの計画を策定し、途上国カウンターパートとともにプロジェクトを実施していく、といったスケールの大きな仕事にやりがいを感じてきました。
異動が多いため、様々な分野、国を経験できることも醍醐味ではありますが、一方で、自分の不慣れな分野や業務にアサインされることもあります。専門性を持った職員がより専門領域で力が発揮できるようにするために、私がちょうど管理職になった2010年のタイミングで、管理職がマネージメント職とエキスパート職に分けられました。エキスパート職とは自分が培ってきた専門性のある分野を中心に仕事に取り組むことができるという制度で、異動先も専門領域に関連するポストとなります。私は迷わずこちらを選び今に至っています。
政治学を学んでいた学生時代から、途上国の国づくりに携わりたいという思いがありました。しかし、国づくりと言っても何が具体的な国づくりなのかという明確なイメージが持てませんでしたが、私は幸運にも保健分野と出会えたことで、人々にとってとても重要な命と健康を守るという分野で、より具体的に国づくりに参画できたと思っています。日本の厚労省にあたる保健省が進める保健政策や制度作り、人材育成に協力する過程は、予想外の出来事が多く苦労もありますが、人々の健康改善につながるというやりがい、達成感につながっています。
また仕事を通じて尊敬できる先輩方との出会いがありました。特にフィリピン在勤時、私はまだ保健医療の知識も経験もない若造でしたから、こいつは鍛えなければと思っていただいたのか、保健の各分野の専門家の方々から親切かつ熱心にアドバイスをいただきました。マラリア対策のための蚊帳の配布状況を見るついでに媒介するハマダラカのボウフラ採取をさせてもらったり、小さなクリニックしかない山奥の村に何日もかけて一緒に調査に行ったり、そうした道中で保健の専門知識や現場の重要性を叩き込まれました。
現在仕事と並行して大学院の研究生として継続して学ぶ機会を得ています。ここに誘ってくださったのもフィリピン時代にお世話になった先生のお一人で、大学での講義や論文の共同執筆、また国内の健康課題解決の議論の場にもお声がけいただき参加しています。
日本国内での知名度はまだまだ改善の余地がありますが、途上国に行くとJICAはとても有名な組織だと感じます。JBICとの統合により円借款も扱うようになり、世界でも有数の大きな金額を扱う機関になりました。職員は自分たちの判断が現場に大きな影響を与えるということを自覚して日々仕事をしています。
職場環境を振り返ると、経験豊富な個性的な同僚が多い職場で、多様な同僚から学ぶことがたくさんあります。また、男女の別なく活躍できる素地があり、特に私のいる保健の部署には女性も多く、ダイバーシティのある職場だといつも感じています。同伴休職といって配偶者が海外赴任する際に、3年を上限に休職が認められるなど制度面でも働きやすい面はあると思います。

――JICAに就職希望者へのメッセージ

吉田:現在、新卒採用は毎年40人程度、社会人採用は年によって異なりますが、20人前後かと思います。私の同期で言うと、大卒と院卒が半々くらいではありましたが、院卒ではなくとも国際協力の仕事に就けるというのは貴重な組織だと思います。仕事を始める前に大学院で専門知識を得ることも重要とは思いますが、経験を積んだうえで再び学びの場に戻る(=大学院に進学する)ことでより深く学べる面があるのではないかと思っています。またJICAに入構すると、先輩職員の指導の下ではありますが、新人でも一定の責任を持った仕事を任されますので、成長も早いと思います。そして、一流の専門家の方々と仕事をできる機会も多いのは特筆すべきポイントで、専門知識の習得についての環境は整っていると思います。
私が思うJICAの仕事に必要なことは、専門性はさておき、途上国の環境にも適応できるガッツと柔軟性、そしてコミュニケーション力だと思っています。ちなみに、JICAで仕事をするうえで語学力は必須だと思いますが、必ずしも入構時に高いレベルが求められるわけではありません。英語だけではなく、入ってからフランス語やスペイン語を習得する人もたくさんいます。
JICAの仕事は、途上国の人々と共に働いて、その国が真に必要としている制度や人材を一緒に作り上げる、そのために必要な自身の能力を身につけ、実践できる職場であると思っています。
JICAでは、保健医療分野の仕事がすべてではありませんが、JICA職員として一定の人数の保健医療人材が必要とされています。そして、そうした人材を機構内で育成していきたいとも考えています。国際協力に関心があり、保健医療分野で仕事をしたい人をJICAは歓迎しています。

インタビュアー 清水眞理子