――ファイナンス・戦略部門のオファーはあったが、途上国のプロジェクトに関わるには専門知識とラベルが必要

馬渕:途上国の保健医療サービスの改善に取り組みたいと思いましたが、グローバルヘルスの専門知識がないと入口さえないことに直面しました。ファイナンス、戦略部門のオファーはありましたが、それは私のやりたいことではありません。ラベルと専門知識を見つけるには、再度大学院留学が必要と考えました。学費は高く家族がいる身で悩みましたが、面白い人材と思ってもらえたのか、ジョンズ・ホプキンズのブルームバーグ・スクールの奨学生に選ばれ、学費と生活費をすべてカバーしてもらえて、留学が叶いました。入学に当たって、4つの目標を決めました。グローバルヘルスの知識を身につけ、ラベルがないとは言わせない、海外のジャーナルに論文を1本書く、就職を決める、博士過程にも合格する。二回目の留学で、かつマッキンゼーの海外オフィスで修羅場をくぐっていたこともあり、楽しみながら4つとも達成できました。加えて、学生団体のリーダーをやったり、東日本大震災が起きた際に、大学での寄付金を募りつつ、友人とともに海外の人々が信頼できる日本のNGOに寄付をできるようにガイドする寄付金サイトを立ち上げたりもしました。
修士に比べて、世界銀行のフルタイムスタッフをしながらこちらもフルタイムで挑戦したジョンズ・ホプキンズの博士課程は大変でした。公衆衛生では評判の高いところで、学術的にも厳しく、仕事の激務に加えて3人の子育ても加わり、何度も挫折しかけましたが、家族はじめ多くの人びとの助けを得て、2016年には博士号を取得しました。

――世界銀行に入行、ナイジェリアとリベリアでプロジェクト経験を積む。ポリオを制圧、エボラ出血熱対策のチームリーダーとして結果を出す

馬渕:修士課程在学中に世銀のキャリアリクルートミッションに参加、民間のノウハウでグローバルヘルス分野のオペレーション改革に貢献できることをアピールし、採用が決まりました。最初仕事は決まっていなくて、そこで活躍している人はだれか、仕事が難しくて困っている人はだれかを聞いて、自分から積極的にアプローチして、ナイジェリアとリベリアの仕事が決まりました。これがすごく面白くてナイジェリアに1年滞在、ポリオ制圧のプロジェクトで当時の世銀ではありえなかったスピードで対策を講じ、その経験が評価され、次に西アフリカのエボラ出血熱対策のチームリーダーに抜擢されました。世界を震撼させたエボラでしたが、今までの経験をフル回転させて乗り切りました。
マッキンゼーで学んだスキルを総動員して、通常1年半かかる予算執行を45日で1億2千万ドル完了、またダイナミックな問題解決にも従事しました。エボラが西アフリカで感染爆発した理由のひとつが、死者を見送る伝統的な儀式。医学的見地から一番安全なのは、家族を引き離して、遺体を消毒、バッグに入れて焼却することですが、それは文化的に受け入れられず、家族が遺体を隠す事態が発生しました。尊厳ある安全な埋葬、家族が納得できる埋葬を文化人類学者と宗教指導者とコミュニティリーダーと一緒に考え、遺族の理解が得られ、安全な埋葬ができるようになりました。

リベリアの保健大臣とチーム、エボラ対策とその後の復興を一緒に担った
リベリアの保健大臣とチーム
エボラ対策とその後の復興を一緒に担った

シエラレオネでの汚職対策には信頼できるアカウンティング会社に政府の中に入ってもらい、すべて管理してもらいました。また、国を挙げた対策の効果は、薄給で非常にリスキーな仕事を担うエボラの対策ワーカーがきちんと働き続けられる環境をつくれるかどうかにかかっていました。ストライキが頻発し、道に遺体を並べるといったカオスな状況がおこりました。ワーカーの勤務状況のデータは存在せず、彼らは銀行口座を持っていません。汚職なく早いスピードでフェアなリスク補償金を全員に届けるため、1回目は現金をトラックで全国中に運んで、警察と汚職対策班とIT企業とUNDPのスタッフがセットで給与を支払いながらIDを発行、登録データベースをつくる。それと並行して、電波と携帯電話と現金がある村のKIOSKを利用して、KIOSKのスタッフがエボラ対策ワーカーへの支払いを肩代わりし、その支払い分と手数料をスタッフの銀行口座に送金するローテクなモバイルペイメントの仕組みを構築し、安定した支払いを可能にしました。
民間企業と開発組織と政府が一丸になって問題解決でき、非常に面白い経験でした。その後、途上国の保健医療システムに深い知見があり、マッキンゼーで培った戦略を立てる力もあり、重要なパートナーである世銀のこともよくわかっていることが魅力となり、ゲイツ財団から声がかかり、現在に至っています。

オンラインですべての作業を終えたCOVID-19対応検証独立パネル事務局
オンラインですべての作業を終えた
COVID-19対応検証独立パネル事務局

2020年の10月からゲイツ財団を休職して、COVID-19対応検証の独立パネルに参画、半年間事務局の中心メンバーを務めましたが、これもやはり今までの経験の積み重ねが評価されたのだと思います。パンデミック対策は、原子力兵器対策や気候変動のように、世界で最も重要なグローバル・イシューの一つとして取り組まなければなりません。パネルが提案した具体的な対策に、世界各国がどこまで合意できるか。各国政府の意思とリーダーシップにかかっています。

――活躍の舞台は世界中にある。失敗を恐れず、修羅場を乗り越えてひとつずつ積み上げると、結果はついてくる

馬渕:英語の壁は確かにあって、私も苦労しています。大学院、マッキンゼー、世銀、ゲイツ財団と求められるスキルはどんどん高くなりましたが、修羅場を乗り越えるたびに私自身もグレードアップしていると思います。論理で押し切らない日本人の特性、相手の立場を考え、共感して話を持っていく和の精神は、国際開発の仕事をするうえで、大きな武器になります。相手のことを尊重し、その立場を理解しながら、それに寄り添った形の解決策を提案できる日本人は、アジア・アフリカ諸国の政治家や高官から信頼されます。ゲイツ財団のような欧米カルチャーが非常に強いところでも、チームの和を作る能力は重要です。ただそれを本当に活かしてチームリーダーとしてしっかりメンバーを引っ張っていくには、欧米的な問題解決がきちんとできる、ビジョンを示し主張すべきは主張するためのスキルをしっかり身につけておくことが重要です。日本型のリーダーシップの勝ちパターンは、どれだけ早くしっかりと欧米的な「ストロングリーダー型」のスタイルをスキルとして身につけられるかにかかっていると思います。そうでないとスペシャリストとして活躍できても、国際舞台で効果的なチームリーダーにはなれません。
グローバルヘルスの課題は医療者だけが解決できるものではありません。つまり医療だけの問題ではなく、すでにある安価で効果的な医療サービスが人々に届かないことが問題の本質です。理由として組織自体やデリバリーの効率性、ファイナンシングの仕組みに問題があり、解決するには様々な専門性を持った人々が必要です。ゲイツ財団でみると経営コンサルタント、製薬会社、サイエンティスト、デザイナー、キャンペーンマネージャーなど多種多様な人がいます。世界の中で最も難しい課題の一つであるグローバルヘルスの分野で、世界中の人と一緒になって解決するやりがい、大きな仕事ができる醍醐味を、他の多くの日本人にも味わってほしいと願っています。

インタビュアー 清水眞理子