――WHO西太平洋地域事務局の日本向けコミュニケーションコンサルタントとして働き始める

別府:私は現在、WHO西太平洋地域事務局(WPRO)という37の国と地域が加盟するWHOの地域事務局で、日本向けのコミュニケーションコンサルタントとして働いています。

日本は出資額の大きさ、医療・衛生レベルの高さ、高齢化やユニバーサルヘルスカバレッジの普及などの独自性から、重要な加盟国の一つです。このためWPROでは、昨年より日本向けの広報担当のポストを設け、一般の方を含む、日本の様々なステークホルダーを対象とした情報提供活動を行っています。

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第72回WHO西太平洋地域委員会オープニングセレモニー

WPROでの、対象者のニーズを想定して情報を集めて提供するといった広報活動の一連の流れは、民間企業と同じです。しかし、発信する内容が与える影響の大きさや関係者の数の多さは民間企業と異なるため、より細かな対応が求められます。昨年、19年ぶりに日本の姫路市で開催された第72回WHO西太平洋地域委員会は、私が初めて参加した国際会議でした。コロナ禍であったため、厳しい感染対策を実施しながらの開催でした。厚生労働省や姫路市と共催で記者会見を設定し、コロナ対策に関して異なる立場からの意見の調整を重ねるなど、より複雑で細かな対応が必要でした。WPROでの仕事を開始して間もない頃で苦労することもありましたが、実際に自分で物事を動かさないと気がつけなかったことも多く、その後の業務につながる貴重な経験をさせていただきました。

――グローバルヘルスの要、WHOで働いて日々感じること

別府:WHOとしてのメッセージ発信は、国際機関という立場上、民間企業と異なります。状況が日々大きく変わり、様々な関係者がいる中で、サイエンスに基づいた情報を適切なタイミングで適切な人に届けることが求められます。物事を俯瞰して捉えながらWHOとしての情報発信をすることに難しさと面白さを感じています。

また、WHOはカバーする範囲が広く、一緒に働く方は専門性が非常に高い医療従事者・実践者ばかりです。対等にディスカッションするためには深い知識と十分な理解が求められます。子育てと家事がある中で勉強時間を確保する大変さを感じています。

多様性に富んでいることもWHOの特徴の一つだと思います。例えば私と同じチームにいる13人の出身国は7カ国、年齢も歩んできたキャリアも異なり考え方やコミュニケーションの仕方、働き方も多様です。この中での合意形成は大変ですが、異なる意見に触れることで、自分の視野が偏っていたと気づかされることも多く、貴重な学びの機会をいただいています。

WHOを含め国際機関では、「コンサルタント」という契約形態を設けています。コンサルタント職の中には勤務地を問わないものがあり、今回、私がグローバルヘルスの仕事に挑戦できたのはこの働き方があったからでした。私は、グローバルヘルスに長年関心を持ちつつも、妻・母と、家庭の中での自分の役割が大きくなればなるほど、海外を拠点にすることの多いグローバルヘルスの仕事に就くことは現実的ではないと考えるようになっていました。働ける期間は限定的になりますが、家族と離れることなくグローバルヘルスの仕事ができる契約形態は今の自分に合っており、フレキシブルな働き方ができる職場に感謝をしています。

――グローバルヘルス分野でキャリアを積むために

国際機関で活躍されている方の特徴として、強い意志を持ちながらも物事を楽観的に捉えて、楽しんで進んでおられる方が多いように思います。国際機関では数年ごとにポストを変えながらキャリアをつくっていくので、「これをやって人を健康にしたい」という強い想いがあった方が、壁にぶつかっても乗り越えていきやすいと思います。また、多様性に富んでいるだけに、日本の職場よりも意見がまとまるのに時間がかかり、想定通りに進まないこともあるかもしれません。そんな状況でも、「こういう考えもあるんだな」「こういうことが起こるんだな」と楽しめる人の方が向いていると思います。

私がグローバルヘルスに関心を持ち始めたのは大学院のころで、それから12年たって、今の仕事に就きました。健康分野のコミュニケーションの仕事をしたいと思いながら、当初はどこに行けばその仕事ができるのかわからず、ご縁のあった職場で、その時々で求められたことに取り組んできました。その多くはグローバルヘルスに直接関係するものではなかったと思いますが、そこで得たスキルや経験が現在の自分を支えています。

グローバルヘルスや国際機関が求める職業は医療関連のものだけでなく、法務や人事といった組織を支えるバックオフィスのポジションもたくさんあります。また、JPOや正職員だけでなく、コンサルタントやインターンシップという働き方もあります。実際の仕事に関わると、自分が持っているスキルや性格の中で、活かせそうな点や改善が必要な点が具体的に見えてきます。様々な働き方が認められるようになった今、それらを活用して具体的に行動していくことで、次に進む道が自然と見えてくると考えています。

現在、グローバルヘルスに関わる仕事をしていますが、望んでいた仕事に就いてそれで終わりではなく、今後も「伝わるコミュニケーションをすることで人々をより健康にする」という当初の想いに向かって、今自分ができることに最善を尽くすことに変わりはありません。今いるポジションで得られる機会を大切にし、誠実に取り組んでいくことで、周囲の役に立つことができ、自分も納得できるキャリアをつくっていけると考えています。

インタビュアー 清水眞理子