――オーケストラの指揮者になれ

矢島:もうひとつ一盛先生から学んだことがあります。「オーケストラの指揮者になれ、自らが演奏するのではなく、それぞれの演奏者(各国政府やドナー、パートナー機関)が奏でるべき方向性、音、タイミングを的確に指示し、最高のオーケストラを紡ぎだす道案内人になりなさい。」WHOは専門機関で、テクニカルスタッフは例えばマラリアや結核など1つの分野を専門としてずっとやってきたという人が多い。大学に行ってもすぐ教えられるくらいの力を持っています。カウンターパートもみな専門家で、その人たちを巻き込んで疾病制圧の戦略を作り事業を展開していくという仕事なので、PhDを取得しているくらいの専門知識がないと対等に話ができず、仕事になりません。専門性を持つとともに、自分はできるだけ黒子となり、異なる専門技術や強み、立場をもつステークホルダーたちと協力しながら、共通目標に向かって必要なリソースが必要なところに効率的に届くように流れを作っていく「木を見て森も見る」力の重要性を学びました。

――2013年ジュネーブで娘を出産

矢島:JPOに決まって入籍、夫もチューリッヒ工科大学でポスドクの職がみつかり週末は一緒に過ごせました。そして娘の誕生はかけがえのないものでした。 当時WHOの産休は3カ月だったので、新しいクレッシュ(保育園)ができたところへ引っ越して産後2.5カ月から仕事に復帰しました。ジュネーブの保育料は高額でしたが、病児保育も可能だったので助かりました。アジアへの出張の時は娘を連れていき、ホテルで母や義母がみてくれたり、アフリカの時はさすがに連れていけないのでクレッシュの先生が我が家に泊りこんで娘をみてくれ感謝しかありません。

――2015年、西太平洋地域事務局に来ないか?

矢島:WHO本部では顧みられない熱帯病(NTD)対策本部でテクニカルオフィサーとして勤務していましたが、西太平洋地域事務局(在マニラ)のNTD対策官のお話をいただき、本部で培ってきたことをより近い現場で活かせると思い喜んで受けました。
マニラは交通渋滞が激しく、朝6時に家を出て7時前にオフィス到着、朝食、7時半から仕事開始。夕方は5時過ぎまで仕事をして家に着くのが7時。時差の関係でそのころジュネーブやアメリカから連絡が入り、電話会議は自宅から参加です。結局寝るまで仕事で、朝起きると、もっと早くから動いている太平洋島嶼国地域から連絡が入るという具合にうちの地域事務所はカバーする範囲が広く、また現在、隔週出張で、体調管理が大変です。

ASEAN狂犬病会議でファシリテーション2018年12月
ASEAN狂犬病会議でファシリテーション2018年12月

日常生活では、お手伝いさんが朝7時から私か夫が帰宅するまでずっといてくれて家事は全部任せています。娘の幼稚園は8:30から3:30まででスクールバスがマンション下まで来てくれます。よく仕事と家庭の両立はどうしているのかという質問を受けるのですが、パ―トナーが外国人というのは大きいと思います。知り合ったのはタイですが、博士課程時代には私は彼のベトナムの実家に居候させてもらって寄生虫の研究をし、彼も京都大学に留学し、また私のWHO本部時代には彼はポスドクをチューリッヒで、娘が生まれてからも週末だけ会う生活。現在は彼もマニラの民間セクターで職を見つけて3人で暮らしています。そういうフレキシブルな生活ももしかしたら夫が外国人だから可能なのかもしれません。時代が変わり、日本の男性、日本の社会も変わってほしいですね。

――「国連に入るにはどうすれば、いいのか、どういう経験を積んだらいいのか」とよく聞かれます

矢島:国連に入ることが目的になっているというのは本末転倒です。どういう分野で社会貢献をしたいのか?特定の分野をまず見つけて、それについて社会貢献できるに値する経験と専門性を身に着けることが本来の目標であるべきです。そしてその分野で自分が貢献するのに国連が一番ふさわしいと分かれば国連を目指せばよく、他にも研究機関だとかNGOとか色々その分野と自分の適性にあった場所が見えてくるものだと思います。
私も別に国連を目指してきたわけではなく、自分の興味とご縁に従って自分の道を進んできたら、たまたまそれがWHOにつながり、今はWHOでの仕事が自分に向いていると思っているので頑張っています。必ずしもWHOだけでなく、NTD対策に関われるなら、他に渡り歩くだけの経験は十分に積んできていると思っています。
私の分野でいうと、途上国のヘルスセンターなど何もないところでいかに保健医療を進め、病気の伝播を阻止していくか、日本からのインターンを受け入れてみて、真面目でしっかり仕事してくれる人が多いですが、さらに、途上国のフィールド経験があり、現場の状況がわかっている人は話が早くとても助かります。また日本人は一部の木ばかり見て森を見られない、或いは見ようとしない人が多いように感じます。もっと多くの日本人が世界で活躍してくれることを期待しています。

マレーシアのサラワク州におけるフィラリア症制圧トレーニング 2019年2月
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インタビュアー 清水眞理子