WHO本部前にて
WHO本部前にて

国際機関では多くの専門家が活躍していますが、専門分野がその国際機関にしかないことが多々あると思います。ところが、財務、ファイナンス、IT、人事といった分野は、いずれの国際機関にも存在し、ポストがあけば別の国際機関に移ることができ、そうすることでキャリアアップが図れます。国連機関では、年金基金が共通のものになっているので、国連システム内の国連機関間で転職しても、年金の参加継続年限等の計算が継続されるという点も国連機関間での転職がやりやすい利点になります。
あちこちの国連機関の財務部門のP4ポストに応募を続けていたら、幸い銀行時代の経験が役立つWHOの財務専門職(P4)に採用が決まり、2004年ILOから道路をはさんで反対側のWHOのオフィスに移りました。

――パリのUNESCOで職員のための貯蓄・貸付部門のゼネラルマネージャーに

松尾:WHOに転勤しても、ジグザグのキャリアップを続けようと、求人情報には注意していました。いくつか応募した中で、パリのUNESCO本部のP5のポストに応募したところ、採用されました。国連機関には職員と退職者向けの内部銀行のような部署があります。預金を預かって毎年金利を払うという預金業務、住宅や車の購入のためのローン業務、滞留資金の債券市場での運用業務などを行うセクションのゼネラルマネージャーとして部下10人と銀行の支店業務みたいな仕事を忙しくまた楽しく充実してすごしていました。

スイスのグリンデルヴァルトにて
スイスのグリンデルヴァルトにて

そのうち、ジュネーブの生活を懐かしく思うようになりました。パリ郊外に家も買い、子どもたちは現地の学校に通っていましたが、通勤に片道1時間余りかかり、帰宅はどうしても遅くなります。ジュネーブは、パリに比べると南にあるので、年間の日照時間も長く、冬を除いて平均気温も何度か高く、バカンスに行くスキー場や他のヨーロッパ大陸の国々への交通の便も良い場所でした。それに比べると、パリは休暇に出かけるのに時間がかかり、不便に感じました。まず、バカンスに行くような場所は、パリ近郊にはないこと。車で出かけるとすると、パリから出る土曜日と、パリに帰ってくる日曜日にはひどい渋滞にあうこと、飛行場へ行くにも時間がかかること、などいろいろな不便な点が気になり、quality of lifeを考えるとジュネーブの方がいい、自分に合うポストがあれば戻りたいと考え始めました。たまたま、WHOの財務部資金運用管理・リスクマネジメントセクション・ファイナンスマナジャーP5の空席募集があり、再度筆記・面接試験を経て無事採用され、ジュネーブに戻ることができ、現在に至っています。

――国際機関の資金運用管理とは

松尾:国際機関は加盟国やドナーから資金を受け取り、プロジェクトの資材購入や人件費などのためその資金が支払われるわけですが、その間資金が滞留しているのでそれを運用します。銀行時代は、先進国の通貨しか扱っていませんでしたが、WHOなど発展途上国での活動が主である機関では、加盟国やドナーから入ってくる先進国の通貨を扱うのは当然ですが、現地事務所の活動向けにエキゾチックカレンシー(途上国の通貨)の購入も重要な業務です。WHOでは、世界各国にあるカントリー事務所のために、現地通貨をできるだけ良い為替レートで買えるよう、本部でまとめるようにしています。WHOでは、UNAIDS、UNITAIDのほか、WHO職員健康保険組合の資金も預かっているため、全体の運用資金も割と多く、トレジャリーのチームで運用している資金の他に、外部の投資顧問会社に運用委託もしています。
国連機関の財務部門には各国の会計士の資格を持った者が多く、銀行出身者はあまりいません。現職では銀行員時代の経験と証券アナリストの知識がそのまま役に立ち、やりがいを感じています。仕事でも投資の会計処理を行っており、また、WHOの年次財務諸表の投資関連項目を任されており、会計の専門知識がさらに必要だと感じ、2016年にアメリカの公認会計士の資格をとりました。
試験を受けるための受験資格として、大学の会計学の単位が一定以上あること、会計学以外の経済、法律の単位も一定以上あることが、必要です。私の場合は、法学部卒で、経営学大学院卒であることから、一定の単位は認められたものの、会計学系の単位が足りなかったため、どこかの大学で受講して単位を取得し、認定してもらう必要がありました。日本の予備校がそのへんを心得ていて、アメリカの大学と提携していて、その予備校の授業を受けて、それぞれの科目の修了試験に合格すると、提携大学から単位を認定してもらうサービスがありましたので、それを利用しました。
試験科目の勉強は、その予備校の授業をオンデマンドで視聴し、問題集を何度も何度も解いて弱点の分野をなくすようにしました。平日の昼休み、夕食後はもとより、週末もかなり時間を割いて勉強しました。試験は、本来アメリカでしか受けられませんが、日本人の受験者が例年増加していることから、日本人は日本でも受けられるようになっていました。そこで、私は、金曜午前ジュネーブ発のNY行きの便に乗り、飛行場でレンタカーを借り、試験会場そばのホテルまで行きました。マンハッタンの試験場はあまり週末の試験時間枠が多くないので、JFK飛行場から、マンハッタンと反対方向のLong Islandで、土日に試験が受けやすい試験場を選びました。ジュネーブとは6時間の時差がありますが、アメリカでの滞在時間が短いことから、現地時間に完全に合わせることを避け、時差を3時間までに抑え、現地時間夜9時か10時に寝て、朝3時に起き、試験前の復習をしました。日曜日の午前中に試験を終えて、レンタカーでまた飛行場まで戻り、夕方7時前後のNY発の便でジュネーブに月曜の朝に戻り、その午後から出勤しました。3泊4日(内一泊は機中泊)でした。これを3回やりました。それから、日本でも試験を受けました。2週間の休暇を取って、休みの後半に試験日が来るように予約し、実家でこもって試験勉強をしていました。無事4科目目が受かったときは、ホッとしました。同僚のだれにも会計士の試験勉強していることを知らせていなかったので、受かったことを知らせるとかなり驚かれました。

――国際機関でキャリアアップするのに必要なこと

松尾:まず良いreputation(評判)をつくること。上司、同僚、他の機関から「あの人はいい、仕事ができる人」と言われるような総合的にみていい評判を築いていくことです。採用するマネージャーは、できる限りreputation check、をしたがります。前の職場の上司に連絡を取ったりして、評判を聞き採用の参考にします。
次にジグザグのキャリアアップについてですが、先程述べた各国連機関に共通にある部門の人であれば、内部昇進の可能性を探るのと同時に、他の国際機関に移って昇進することも考えるといいでしょう。語学は英語ができるのは当然ですが、更にフランス語ができると重宝されます。各機関内で語学研修の機会があるので、活用するといいです。私もILO時代スペイン語を学んでいました。国連機関は一般的に英仏西中露アラビアが公用語ですが、一部には、英仏西だけの機関もあるし(ILO)、仕事上6カ国以外の言語を使っている機関もあります。それぞれの国際機関がカバーしている国にもよりますが、一般的には、英語の他に、フランス語が二番目、スペイン語が三番目ぐらいに重宝されるといっていいのではないでしょうか。
私のモットーは、「頭は使わないとさびてくるので、頭脳に刺激を与え続けましょう」、つまり、なんらかの勉強を続けようとしていることです。「頭の筋トレ」といえばいいのでしょうか。アメリカの公認会計士の勉強は、オンラインで授業を受け、後はひたすら問題集を繰り返し解くという自習をしていました。若い時とは違い、覚えても覚えても忘れることが多く、50歳を超えて記憶力が下がっていることを思い知らされましたが、勉強を続けていくうちに次第に記憶力が少し蘇ってきました。頭も刺激を与え続ければ、記憶力があまり落ちなくなる、頭の筋トレは必要だと感じました。2年前からは、頭の筋トレを続けるため、スイスの公用語の一つであるドイツ語の勉強をはじめました。勉強時間をあまり多く割いていないので、ゆっくりとしか進歩しませんが、2年かかって中級までたどり着きました。人間は誰も怠けるのが好きで、何かを始めても3日坊主で終わることが多くあります。自分にはできないとは言わず、ちょっと頑張って、何かを続けてほしいですね。若い人は、頭がまだ柔らかいので、語学に限らずどんな勉強でも吸収が良いですし、勉強したことが早く役に立ちます。若いうちにできることはやっておいたほうがいいと思います。また、若くなくてもぼちぼち続けていけば、長い階段も気がついたらかなり上がっているようなことに気が付きます。

国際色豊かなWHO
国際色豊かなWHO

採用にあたっての契約期間についてですが、通常国際機関のFixed Term契約は1年か2年です。よほど採用された仕事にあっていない場合は出ない限り、1、2年の契約で終わることはほとんどなく、通常契約は更新されます。もっとも、プロジェクトのポストへの場合には、プロジェクト終了によって契約終了になることがあります。国連邦人職員の中では、女性の方が男性よりも断然多く、活躍されています。おそらく日本の会社で働くよりチャンスが多いことと、女性の方が冒険心があって海外に出ていくことに躊躇がないからかもしれませんね。しかし、邦人男性にも果敢にチャレンジしてほしいと思います。

――在外生活通算 28 年、国際機関勤務 21 年で考えること

松尾:今まで働いた3つの国際機関のことしか言えませんが、いずれも多国籍出身者で構成されています。自分がアジア人であること、日本人であることによって、特に引け目を感じることはありませんでした。フランスに留学した時に、自分の考えをきちんと伝えること、自分をアピールすることが大事だと思いましたが、アピールとは、自分の意見を主張することだけではなく(声高に言って も意味がありません)、仕事できちんと結果を出すことも必要です。周りの人とのディスカッション、ネゴシエーションを積み重ねて仕事をうまくもっていくことがgood reputation(良い評判)につながると思います。日本人のいいところは「仕事がきちんとできる」こと、そのいいところを見せていくといいと思います。
政府であれ、民間であれ、日本の組織で働くと、自分の希望に関係なく異動があります。国際機関では、自分で空席の応募するのが通常の方法であるので、一旦就職した後、自分で動いて次のポストを見つけない限り、ずっと同じポストで同じ仕事を続けることになります。自分で将来を決められるのは国際機関で働く醍醐味のひとつです。ぜひ若い皆さんにチャレンジしてほしいと思います。

インタビュアー 清水眞理子